有識者に問う農業の現状と今後の取り組み

依然として続く生産資材の高騰や異常気象、その一方で課題として残る農産物の価格転嫁や後継者問題など、現在の農業を取り巻く環境は未だに厳しく、多くの不安を抱えています。
こうした中、JAでは農林水産省の審議官である勝野美江氏と農ジャーナリストとして全国の農業地帯を巡っている小谷あゆみ氏をお招きし、組合員が抱える課題について対談を行いました。
今号の特集では、対談の様子をわかりやすくまとめてご紹介します。

農業に従事する「人」の課題について

談話する亀田組合長

亀田組合長:農業従事者の平均年齢が年々上昇するなかで、後継者不足や新規就農者の減少といった「人」に関わる問題が深刻な課題となっています。そのような課題に対してどういったアプローチが必要でしょうか?

勝野審議官:JAいるま野管内は都市近郊に位置し、「都市近郊農業」を行えている点が後継者や労働力不足問題を考える上で、最大のメリットになると思っています。農業を始めたいと思った人が、いきなり地方の農村などに移住するのはハードルが高いですが、JAいるま野管内でしたら都会にも行きやすく、なおかつ素晴らしい農作物や経験豊富な農家の方も多いので、農業に取り組みやすい環境であると思います。
そうした環境が整っている点や都市近郊の人口の多さを活かし、農業に対してやる気のある若年層などを積極的に受け入れることで「スマート農業」や「農福連携」、「労働力募集アプリの活用」など、効率的な生産が行える農業や新しい農業を展開することもできると考えています。こうした農業を通じて「農業に対する応援団」を作り、継続的に農業に関わる人達を増やしていくことが大切だと感じています。
新規就農者対策として、令和6年度補正から経営開始資金を見直し、経営のバージョンアップをすれば親と同じ品目であっても支援対象となることを明確化したり、初期投資支援(世代交代・初期投資促進事業)について親が所有する機械などの修繕・移設・撤去を新たに支援するなど後継者の方が農業を始めやすい環境整備に努めています。また、一部の地方自治体では新規就農者に対し、住宅や農地、研修時の農業指導者の斡旋あっせんといった「農業を始める環境」を整えている例もあります。行政と連携し、こうした農業に取り組みやすくするための環境づくりについても考慮していく必要があると思います。

談話する勝野審議官
談話する小谷氏

小谷氏:亀田組合長の提示頂いた課題に関して、私が考えるのは「農を軸にしたコミュニティや居場所づくり」です。新規就農の定着についても同様だと思いますが、「辛いことがあっても支え合える仲間」がいれば、農業を続けていこうというモチベーションに繋がります。例えば、JA管内には350年以上続いてきた伝統農法の「武蔵野の落ち葉堆肥農法」があります。これは農家の方々の努力によって継承されてきたものですが、大変な労力を要するため、地域住民が落ち葉掃きなどのボランティアで支える動きがあります。コロナ禍以降、関係性の希薄化や孤立化が問題になっています。農家同士の連携や、住民を巻き込んだ農業を親世代が行っているところは、若い人から見ても、「農業は仲間がいて楽しいものだ」という認識に繋がります。「あの人の喜ぶ顔が見たいから頑張ろう」というのが、農業を営み続ける理由になるのではないでしょうか。

亀田組合長:お二人のご意見は私自身も重要であると感じています。JAでは県や指導農業士協会、行政などと連携し「明日の農業担い手育成塾」の塾生や新規就農者、農業大学校の学生と地域の指導農業士を結びつける交流会を開くなど、これからの農業を担う人材を孤立させず、独り立ちするまで支援する取り組みにも力を入れています。また、JA管内は生産者と消費者が混在する農業地帯です。将来的には地域の方々を巻き込んだCSA(地域支援型農業)を展開できればと考えています。

談話の様子

農業を取り巻く環境について

亀田組合長:生産資材の価格高騰や慢性的な労働力不足などにより農業に対するコスト高が叫ばれる中、野菜などの適正価格への反映が未だに進んでいないのも現状です。こうした農業を取り巻く環境についてどのようにお考えでしょうか?

勝野審議官:私が重要だと考えるのは「農業に対する消費者理解を獲得すること」です。昨年も米や野菜などの価格高騰による買い控えが話題になりましたが、一方で「ようやく農産物の価格が上がった」といった報道も徐々に目にするようになってきました。何十年にも渡り農家の方が耐え忍んできたものが、本来の意味で解消され、適正価格の水準に近づいてきてはいますが、それに対し消費者理解が追いついていないのが現状です。
そうした現状を踏まえ、まず必要なのは「より丁寧に発信を行うこと」です。量販店などで消費者が購入する農産物は、農場段階、出荷段階で選別された選りすぐりのものが並んでいるということ。ただ高い・安いという一側面だけを伝えるのではなく、様々な生産過程を経て、初めて美味しい農産物を食べることができるという事実が分かれば、農産物については決して高いものではないと理解していただけると思います。
その始めとして、JAでは准組合員の方などを中心に「収穫体験」や「農作業の手伝い」を薦めるのも有効だと考えます。実際に農作業を経験してもらうことで、農業の必要性や苦労などを知ってもらい、生産者と一般消費者を繋ぐ代弁者として農業の価値や魅力を発信してもらうことも大切だと思っています。

小谷氏:勝野審議官が仰る「体験」が大切だと私も考えています。今の農業における諸問題の根底には「生産と消費の乖離かいりがあります。特に消費者心理については、いるま野管内は農地も多いですが、住民のほとんどは生産現場を知る機会がありません。理解醸成には農産物が商品になる前の、土の上で育つ姿を見てもらうことも重要です。一度、畑は命を育む場であると感じた人は、「自分ごと」としてむしろ守りたい心理が働き、地域の仲間として応援団になってくれると思います。そのためには農をオープンにし、JA管内の市町民全体が一体となる「参加型」が一つのカギだと思います。

亀田組合長:お二人の貴重なご意見ありがとうございます。私自身も生産者として、教育ファームなどの食育に携わっており、消費者理解を獲得することの重要性については身をもって感じています。JAでは准組合員を対象とした収穫体験などを通じて、実際に農業を体験してもらい、身近なところから「地域の応援団」を増やすための活動を行っています。お二人の言葉を受け、農産物の価値をより多くの方に理解してもらうためにも正組合員や准組合員だけではなく、JAを担う地域住民の方や農産物を食べてくれる消費者なども「パートナー」として考え、相互扶助の精神のもと地域農業の発展のために尽力したいと思います。

勝野美江氏 プロフィール

経歴

1991年に農林水産省入省。中国四国農政局や近畿農政局にて食農教育の出前事業などを一から手掛けた経験も経て食育担当に就任。2016年より内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局にて参事官、2019年からは同事務局にて企画・推進統括官として食文化、ホストタウン等を担当。2021年11月には徳島県初の女性副知事を務め、2023年7月より農林水産省大臣官房審議官(兼経営局)として活躍中。
2024年にはJAいるま野越生支店梅部会主催の研修会にて基調講演を行う。

小谷あゆみ氏 プロフィール

経歴

1993年石川テレビ放送のアナウンサーを経て、2003年からフリーアナウンサーに転身、現在はエッセイスト・農ジャーナリストとしても活躍中。局アナ時代の番組企画を契機に始めた家庭菜園をライフワークに「ベジアナ」として活動。全国の農村を取材し、農の多面的な価値などをテーマにメディアで紹介。日本農業新聞コラム記事「今よみ」の執筆なども手掛ける。
2020年からは農林水産省「世界農業遺産等専門家会議委員」を務め、2024年のJAいるま野リーダー研修でも基調講演を行う。