指導農家特集
~農業の担い手を育てるベテラン農家~
越生町 古池
黒澤 光治さん(75歳)
「越生の梅」を守りたい。担い手にかける想いとは…
梅生産が絶えないでほしいと願う中
越生町から待望の声が…
例年にない暑さに見舞われた5月下旬。県内でも有数の梅産地である越生町では、特産の梅の収穫作業で大忙しです。太陽の日差しが照り付ける中、黙々と収穫作業に励む姿がありました。黒澤光治さん(75)です。
黒澤さんは、梅栽培を続けて今年で約20年が経ち、現在では100本ほどの梅を栽培しています。品種は、「織姫」、青梅「べに梅」や主力品種の「白加賀」、「十郎」、「白梅」などを栽培しています。中でも「べに梅」は、同町の在来品種で、皮が薄く、果肉が厚いのが特徴。同町が商標登録したブランド梅で市場からも高評価を得ています。また、いるま地域明日の農業担い手育成塾(3ページ下参照)では、指導農家として塾生の田所誠一郎さん(58)と一緒になって梅栽培に取り組んでいます。黒澤さんは「近年、高齢化と担い手不足が懸念されている。同町は、関東三大梅林の一つに数えられる越生梅林もあり、歴史ある町でもある。将来、梅生産が絶えないでほしいと願う中、同町から『田所さんの指導農家を受けてくれないか』と声が掛かかり、引き受けた。梅栽培に興味を持って、熱心に取り組んでくれている姿を見て安堵している」と肩をなで下ろします。
黒澤さんの指導のもと援農ボランティアを経験し、立派な梅農家を目指す
飯能市在住の田所さんに梅栽培を始めたきっかけと伺うと…「前職は、食品関係の仕事をしていました。もともと、花などを育てたりすることが好きだったので、作物を育てて販売する農業を始めたいと思いました。梅は、初期費用があまりかからずに始められるメリットと、同町では特産品というブランド価値があるため、同町で梅を栽培したいと決意しました。実は…勉強がてら、昨年から同町の援農ボランティアに応募し活動していました。梅栽培の過程を理解することができました。年齢的にはシニア就農者になるかと思いますが、今年の4月から同塾に入塾し、黒澤さんの指導のもと立派な梅農家を目指しています」と田所さんは笑顔で話してくれました。黒澤さんが将来に不安を抱える気持ちに応えようとする田所さん。将来がとても楽しみですね。
欠かせない”剪定”は今でも苦戦…
繁忙期には地域性が活かされる
一方、苦労したエピソードも伺ってみました。黒澤さんは「就農当時、『剪定の先生』と呼んでいる方に出会った。その方が県川越農林振興センターの職員だった頃、家まで来て教えてくれていた。やはり、剪定は1番大事な作業になるので、剪定方法を習得するまで苦労した。今でも少し苦戦する。繁忙期には、ほかの梅農家にも手伝ってもらっている。お互いにアドバイスし合いながら剪定などの勉強の場になっているよ」と話し、田所さんも「剪定は、本当に難しいです。私も黒澤さんのように、生かす枝と切り落とす枝を見極める“目”をいち早く養いたいです」と意気込みました。
黒澤さんの最近の1日のスケジュールは、朝から日が暮れるまで収穫作業に励みます。「繁忙期はさすがに私だけでは終わらないので、昔からの仲間にも手伝ってもらい仲間同士力合わせて収穫作業に励んでいる。中には、都内の人も手伝いに来てくれる。夢中で収穫できるからか、とても好評。昔からこの地域は、とても穏やかで人間関係が良好だと思う。同じ梅を出荷する者同士、今後も関係性を大切にしていきたい」と地域性についても話してくれました。
「地域の輪に貢献したい」
担い手の背中を誇らしげに見守る黒澤さん
田所さんは現在、約40アールの面積に梅を栽培しています。収穫した梅は入念に選別し、今年からJA飯能農産物直売所に出荷する予定です。黒澤さんは「正直、今年は良質な梅ばかりを収穫できるとは限らない。販売できる梅だけを見分け、買ってくれたお客さまに喜んでくれると私もうれしく思う」と田所さんの背中を押します。「黒澤さんは近隣の農家同士だけでなく幅広く付き合いがあり、とても羨ましく思っています。私も農業を通じて、梅の品質や収量、生産性はもちろん考慮しつつ、地域の輪に貢献できるような農家を目指したいと思っています」と背中を追う田所さん。
歴史ある町の担い手として、梅栽培に励む田所さんの背中を誇らしげに見守る黒澤さん。黒澤さんは今日も青空のもと、梅栽培に励みます。
「いるま地域明日の農業担い手育成塾」とは…
新規就農希望者の円滑な就農を促進し、多様な担い手を育成する塾のこと。JAいるま野では、県・市町・農業委員会・指導農家と連携を図り、新規就農者の育成に取り組んでいます。詳しくは管内10市3町の行政、またはJAいるま野営農企画課(TEL 049-227-6153)までお問い合わせください。
所沢市 本郷
常岡 茂さん(64歳)
「重要なのは良い作物を見極める目を養うこと」
若手農家の成長に期待するベテラン農家
指導農家を初経験
若手農家の成長を見守るベテラン農家
初夏の暑さを感じ始めた5月末、所沢市本郷でナシの摘果作業に黙々と励む1人のベテラン農家の姿がありました。常岡茂さん(64)です。
代々続く農家の家庭で育ち、就農して35年になる常岡さんは、現在は約2.5ヘクタールの面積でニンジン・サトイモなどの季節野菜を栽培しています。野菜はJA所沢共販センターへ出荷しているほか、地域では珍しいナシの果樹園「常岡果樹園」を営んでおり、8月から9月にかけて梨狩りなどで多くの人で賑わいをみせています。
元々、同市の農業委員を務めていたという常岡さん。市からの依頼があり、今年から「いるま地域明日の農業担い手育成塾」の指導農家として、塾生の和田大輝さん(26)と共に自身が栽培するニンジンとサトイモの収穫作業などに取り組んでいます。「農業を営んでいくのが難しいといわれる昨今、若手農家が就農を目指してくれることは嬉しいですね。和田さんは勉強熱心で、自分自身で関心があることを調べて聞いてきてくれるので教えがいがあります。教え始めた頃よりも飲み込みが早く、日々の成長を見守るのが楽しみです」と若手農家へ期待を寄せます。
長野から東京、そして所沢へ
日々、試行錯誤する期待の塾生
都内の練馬区から所沢市へと農業を学びに来ている塾生の和田さん。なぜ所沢市で農業を始めようと思ったのでしょうか?「元々、長野県の山奥で育ち、祖父母が農業を営んでいたこともあり、自然に関わる仕事がしたいという想いがありました。上京後、最初は三芳町上富で農業を学び始めましたが、様々な作物を育てていて土地柄も良い所沢市の魅力に惹かれ、『ここで農業をしたい!』という想いが芽生えました」そう語る和田さんの目には熱がこもります。
そんな和田さんにとって、常岡さんはどういう印象なのかを伺うと・・・「今まで出会った方でも特に農業に対して真摯に向き合っている方だと思います。適切な時期に必要なことを細かくスケジュール立ててこなしていく姿はとても勉強になります。また、指導の過程の中で、施肥量の調節方法や収穫し終えた土地の整理方法など、若手農家の私にも丁寧に教えてくださるので、私もその期待に応えたいという気持ちが湧いてきます」と意気込む和田さん。常岡さんとの関係性がわかるエピソードです。
ベテラン農家の想い
若手農家へのアドバイスとは?
ベテラン農家だからこそ、農業を続けていく苦労を人一倍理解している常岡さん。指導する姿にも自然と熱が入ります。「特に気をつけてもらいたいのは『選別作業』です。将来、和田さんが直売出荷と共販出荷のどちらをするとしても、作物の良し悪しを見極める目を養う必要があります。私自身、経験によるところも大きいですが、それを言葉に変え、なるべく和田さんに多くの経験をさせてあげることで、一人前に自立できるようになるサポートしてあげたいですね」と笑顔で話します。
一方でこんなアドバイスも。「栽培に直接関係がない細かいところにまで気を遣うことも重要です。大切なのは雑草などを生やさないようすること。ただ作物を作って売れば良いのではなく、消費者に選ばれるような良質な野菜を育ててもらいたいです。そのためには作物の栄養を奪ってしまう雑草の防除や病害虫・鳥獣害への対策を徹底することを心掛けてもらいたいですね」ベテラン農家、そして指導農家としてのプロ意識が垣間見える一幕です。
若手農家の奮闘
成長への期待
和田さんは現在、所沢市下富で農地を借り、約50アールの面積でトウモロコシやオクラ、カボチャなどの季節野菜の栽培を始めています。現在は色々な作物を栽培し、自分に合う野菜を探している最中とのこと。「他の地方から来たので、早く地域に溶け込めるようになりたい。そして将来はJAの直売所にも出荷できるようになりたいです」と話す和田さん。熱心に作業に励む和田さんの背中を常岡さんは温かく見守ります。
最後に常岡さんに指導農家として、和田さんへの想いを訊ねてみました。「まずは自分で生活できるように販路を確立し、自立できるようになってもらいたいです。そして行く行くは、所沢市の農業を担う一員になってもらえたら嬉しいですね」
明日の農業を担う若手農家への期待を胸に、今日も常岡さんは指導に励みます。